木の洞にひとりごと
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月曜日から息子は合宿 娘は塾の夏期講習
旦那は水曜日まで仕事。 よってこの三日間が私の夏休みだった。 月曜日。午前中墓参り。 盆中もたせようと「花はカスミソウかスターチスと考えながら行く。 スターチスはあった。紫とピンク。それだけじゃ重いので 「この白いのも入れて頂戴」と指差した。「ああ トルコ桔梗ですね」 前回これをりんどうと間違えたんだっけ。 ひとつずつ覚えていけばいいものを。 墓の前で葉っぱをむしったり長さをそろえたり配色入替えたり。 つくづくセンスない。 帰りにコンビニでサンドイッチとコーラを買う。ささやかな贅沢。 午後はぐうたら。 火曜日。買物に行く予定であったが、あまりの暑さと 冷蔵庫の中身で何とかなるのではないかという判断でやめる。 洗濯のほかは一日ぐうたら。 水曜日。盆前に仕上げると公言したブログ小説。 残り5話分午前と午後に分けて書く。その気になれば何とかなるもんだ。 あとはぐうたら。夕方パンだけ買いに行く。 息子は今日帰って来る。 また「腹減った」攻撃な日々が始まる。 何日留守にされたら「寂しい」と感じるものだろう? 三泊は短い。 娘は金曜日まで。 数学はそこそこよかったらしいが、国語と英語はあんまし。 英語に関しては最初の二日、あまりに雑談が多かったので 昨日電話で苦情を伝える。 帰ってきた娘 「あの先生 やれば出来るんじゃんね」だと。 注意が届いたようで昨日の講義はよかったらしい。 そのかわり国語が最悪だったとか。 「私ら 塾に慣れていないから 過大な期待をしてしまうのかも知れん」 高校受験の時、娘は野田塾に世話になったのだが 親子共塾初体験なものでどきどきだった。 娘は誰よりも真剣だったらしく、塾長先生に目をかけて頂いた。 他の先生方も熱心で、「塾もいいもんだね」と言っていた。 しかし今回の河○塾は期待はずれだった。 でかすぎると目が行き届かないのか、講師の当たり外れが大きいのか。 でもクーラーの中で勉強できるので娘は満足である。 「こういう時しかオーバーオール着れないもんね」と引っ張り出して着ていく。 洗濯が嵩張るんだよ! ぐうたらし過ぎだ。 今朝。「髪を洗わんといかん。頭が重たい」とぼやいていたら 「美容院いけばいいのに」と娘。 「いや そうじゃなくて 洗ってないから…」と言ったら怒る。 「洗ってないったって一週間もってわけじゃないよ」と弁解したら 「あったりまえでしょ! 人間じゃない」とまで言う。 「…私 あんたの歳の時 一週間に一回だったよ」 恐ろしいことに事実である。 授業中に先生に黒板消しで叩かれ 「ひどい 昨日洗ったばっかなのに」と抗議したら(怒るとこそこか?) 「髪なんかまた洗えばいいだろ」と言われた。 したらばクラスメイトのひとりが「駄目だよ Kちゃん 一週間に一回だもん」と言った。 先生は「嘘だろ」と驚くが、私は両手を頭に乗せたままこっくり頷いた。 何度も言うが世間では「お嬢様学校」で通る女子校生である。 洗ってない私も私だが、それを公認していた級友たちも級友たちだ。 友人のひとりは登校した私の髪を梳くのを日課としていた。 ああ。ふるきよき時代。 そうそう。私校門検査(私立だからこういうのがある)で 「あなた その三つ編みなんとかしなさい。みっともない」と言われた事がある。 どうして怒られなければならなかったのか、当時全く分からなかった。 10年ほど前に近所の人に「出掛ける時くらい 髪の毛ときなさいよ」と言われた。 ちゃんとブラシを当てたのに。 暫くして理解した。 『三つ編みした』『ブラシをあてた』という事実だけでは許されないのだ。 結果としてちゃんとした髪型になっていなければ世間は認めてくれない。 そして本日。旦那が休みなので一緒に買物に行く。 髪は洗ったが化粧はどうしようかね。買物はスーパーだけの予定だし… PR
「子育て支援も 消費税も だけど 9条が一番大事なんじゃないかね」
娘を相手に愚痴る。 「支援も増税も その気になればいつでも改革は出来るけど 9条をいじられちゃったら もう取り返しはつかないよ。 お金とか損得以前に命が大事だろ」 だが娘はぴんとこないらしい。 「9条だよ 9条。学校でやったでしょう」 「知ってる。けど?」 「戦争放棄をいじって 専守防衛をいじって 今自衛隊を縛っている諸々の抑制を取り払ってしまったとして もし戦地に赴かなくてはいけなくなって命の危険に曝されるようになって 自衛隊の志願者が減ってしまったら 徴兵制度が布かれるかも知れんのだぞ」 「まさか」 「分からんじゃんね。軍隊をもつという事はそういう事なんじゃないの」 「んでも私は大丈夫だもーん」 「あんたの息子が危ないんだわ ぼけ」(その前に恋人とか旦那とかだが) 娘しばし考える。 「んでもさ 少子化って騒いでいて その子供を死なす真似するわけ? 馬鹿じゃん」 「そうかあ そうだよなあ」と言い掛け、「あああ! 分かった! だから少子化対策に必死こいてるんだ。子供を増やさんと軍隊も作れん。 そうじゃん そうだよ 第二次大戦の時だってそうじゃん 産めよ増やせよ 子供は国のお宝だとかいって」 …穿ちすぎ。 考えるほど今度の選挙 面倒です。 政権交代はして欲しいけど 民主も底が知れてる。 なんでこのチャンスに国民に媚びを売ろうとするかな。 もっと厳しいこと言っても納得さえ出来れば国民は投票すると思うのよ? 私としてはバラまく金で借金返して欲しいわけ。 「子供の代に負担を残さず」って言えば子育て支援がなくても 大方の人は黙ると思うの。 切実な人だけ助けてあげればいいじゃんね。 まず借金減らして利息を減らすべきでしょうに。 利息ほど馬鹿らしい支出はないと思うんだがね。
10日から息子は合宿である。
11時就寝6時起床。ランニングの後テニスは屋内コート。 いつも昼寝して10時半に寝て8時過ぎに起きる息子。 睡眠不足は必至である。 加えて「食事まずいんだって…」だそうで。 私の出身校は敷地内に合宿用の建物があった。 運動部が交替で使用していた。 私も図書委員会で一度使った。米一合ずつ持ち寄って自炊である。 先輩が来てスパゲッティを作ってくれた。 他に高山に林間(いきなり輪姦と出た。心臓に悪い)学舎がある。 中二の春と高一の夏と、他に申請すれば合宿利用も可。 演劇部・図書委員会合同の合宿が一度あった。 廃校となった校舎の再利用だから木造の古い建物である。 夜中に階段の段数が変わるとかバラのカーテンの部屋に出るとか。 そして食事がまずい。 食事の他に全員に袋詰のお菓子が支給されるほど 食事がまずい。 運動部員は林間学校の間も各自トレーニングがある。 だからお腹がすくからまずくても食べないと体がもたない。 テーブルには赤カブのつけものが据えられている。 水泳部の知人はこれでどんぶりめしをお替りしていた(4杯だか5杯だか)。 しかしある時自分のテーブルの鉢をカラにしてしまった。 困って彷徨わせた視線の先に教員用のテーブルがあった。 副校長がそっと赤カブの鉢を指で押し、「君 よかったら食べたまえ」と言った。 他の私学は知らないが なかなかに親心のある教員の揃った学校だった… 最後に行った時には食事も少しは改善されていたが 世間で「お嬢様学校」にくくられている学校にしては酷かったと思うよ。 滝めぐりのピクニックの弁当が「おにぎり」「コンビーフ缶」「きゅうり一本」てのはどうよ。 雨で中止になり講堂できゅうりにかぶりついた記憶がある。
昨日は娘は模試のため息子だけ連れて実家へ。
母をショートステイに送り出す。 「あれ どこやったっけ」とか独り言を言うと 母が「お父さんだわ」と言う。「お父さんがどっかやったんだわ」 「ああ 違う違う 私のうっかり」と誤魔化す。「忘れてた」 父が何でも忘れると母が非難するから 私の年齢でも物忘れはあるんだとアピールしようと 何度か大袈裟に「いかん また忘れた」とやっていたら 「何でも忘れるんだ」と母が吐き捨てるように言う。 母にきこえないところで 「へ 何もせんとごろごろ 他人のアラさがしばっかしてる人に言われたないわ」 と言ったらば ソファにいた息子 「何 俺のこと?」と言う。 ふううん そうなんだ。 夜。旦那が「ラーメンくらいなら奢ったるぞ」と言うので 娘を迎えに行きがてら出る。 ラーメン屋のテーブルで娘が自己採点を始める。 ふと見たら「中宮彰子に仕えた( )」とある。娘のチェックは清少納言である。 「彰子は紫式部でしょう」と指差したらば「ああ そうそう」と娘。 「昨日おかあさんが何か言ってたなあと思い出したんだけど 定子だったか彰子だったかわかんなくなってさ」だと。 前日話のついでに彰子の事も言っておこうと思ったけど あんまり勝ってもいかんかと黙ったんだ。 「中宮はふたりいるんだよ… 本当はひとりだけだったんだけど 上にもう一個位をつくって 中宮の座をひとつ増やして そこに娘を捻じ込んだんだ」 娘は私が真面目に勉強してこなかった事を知っている。 自分が高校生になって難しい事を習うようになって もう私の世話にはならんと(つまり勉強では)思ってるんだ。 だからきちんと聞きゃしねえ。 短大は国文学科だが、私の記憶力のピークは高校生だったか 或いは講義を真面目に聞かなかったかで 覚えているのは中・高生の頃の授業である。 だから私が知っている事は高校教育を受けた人、或いは高校生なら 知っていなければならない事だと思うのだが でもよく考えたら高校二年から選択授業が増え 「国文推薦コース」を選んでいた私は古文が余分にあった。 その頃はそれを受けないと推薦が貰えないと思っていたのだが どうもそうでもなく、別に被服とかでもよかったんだ。 でも今にして思うと、短大で国文学を学ぶために 少しでも専門的なベースを作っておこうと組まれたカリキュラムだったかも知れない。 他にも日本史でテストが持ち込み可の記述形式のものとかもあった。 文章表現は短大の講師が来ていたような気もする。 他の私立がどうか分からないけど 結構親心のある学校だった。
グラム98円の牛かたまりを300グラム。
塩小さじ一杯弱 こしょうをすりこみ、室温で1時間。 フライパンで焼いた後、 おろし玉ねぎを敷いたアルミ箔にローズマリーかなんかを振って 肉を乗せ包んで予熱したオーブンへ。150~170で13・4分。 少し切ってみて判断。 300円とは思えないほどおいしくたくさん出来た。 娘と久々にマックへ。 食べながら午前中にやった古典の問題の話をする。 身長30センチの小男が美女に恋して文を書いて逢うという話。 女性が男の手を掴んで縁側に引っ張り上げるところが可愛いと娘は言う。 でもその後女は男の鼻先で戸を閉めてしまう。 「可愛いのにねえ」と娘。 そりゃペットなら可愛いけど これは逢瀬なんだからなあ。 夕方待ち合わせて部屋に入れるって事は なあ。 (しかし最終的にはささやかな枕で添い寝したとある) 「あれ? この時代って仕切りは何なの? 御簾のイメージなんだけど」 と言ったら娘はきょとんと「御簾ってなに」と訊く。 古典で出てきてないわけないだろ! 「だってほらほら枕草子で 清少納言が 中宮定子の謎かけで」 「枕草子あんましやってない。中宮? 誰それ」 清少納言が仕えたのって定子じゃなかったですか。 その定子の謎かけに清少納言だけが反応して御簾をするする引き上げた というのがあって「何コレ 自慢?」って顰蹙だった。 「清少納言ってうざいよねえ」 枕草子が世に出るきっかけもウザい。 来客がきた折に、 座布団にうっかり書き溜めた冊子を乗せて出してしまったというのだ。 「あら まあ」と隠そうとしたが、客は「そう言わんと」と取り上げてしまったとか。 (ウロ覚えだが) 暑いのでクーラーを入れた。娘はリビングで勉強。 「天使の階級がちゃんと辞書に載ってるのってすごくね?」 ケルビムとかセラフィムとかいうやつ。 「あれ 大天使がない。大天使って英語でなんて言うんだ ビッグエンジェル?」 思いっきり脱力した。「…アークエンジェルだろ…」 「ああ そうか。スペルはなんだっけ」 「アーチって書くんだ アーチって」 にしてもビッグはないだろ ビッグは。せめてグレートとか。 娘がなかなか電子辞書でいきつけないので 台所をほっぽって紙の辞書を引っ張り出す。 てっきり大文字固有名詞で出るかと思ったら ない。 小文字のarchの項に小さく一例として出ているだけ。 ふううん。 娘はそれでどうしてアークなんだと辞書で発音を聴いている。 何度かやったらアーチに混じってアークが出た。 「いかん。何やってるんだ 私は」と慌てて勉強に戻る。 その後辞書で遊んでいたらステレオのページが出た。 長年の謎が判明する。 「そうかあああ ステレオタイプって 音響のステレオからじゃないんだあ!」 娘曰く。「やあ 私 紋切り型(ステレオタイプの和訳)の意味も分からなくってさ」 それから暫くしていきなり「サラリーの意味分かる?」と訊く。 ふふふ。舐めんなよ。「塩」 娘はとっても悔しそう。そんなの雑学の入門じゃんね。 「じゃ じゃあ なんで塩がサラリー(給料)なんか知ってる」 「塩が報酬だった事があるんだよ ローマかどこだか知らんが」 (ローマだったらしい) 娘はぶつぶつテキストに戻った。 今日のところは私の全勝だな。はっはっは(って何競ってんだか)。 |
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