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木の洞にひとりごと うろ覚えのうんちく うろうろと右往左往
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旦那名義や私名義にしてしまった以上
現状(金融機関のチェックが厳しくなった)ではもう母の自由にはならない。
いずれ私たちが勝手に使う事になる。
いや使うかどうか知らないが、母の「渡したら最後散財する」という考えによれば
使われてしまう筈だ。
どうせ使われてしまうなら、せいぜい有り難がらせた方がいいんじゃないか?
今のうちに「ほれほれ」って渡して「わあ 助かる」って言わせた方が。
まあ とてもじゃないが素直に「ありがとう」と言える心境じゃないけど
二年位前の私だったら子供たちに「おばあちゃんがくれたお金だよ」と言いながら
普通なら買わないようなものを与えていただろう。
そうしたら私にも孫にも感謝されてたのに。

思うに、あれらは「お金」じゃないんだ。
数字というか
ゲームでバトルで得たポイントをキャラに振り分けてレベル上げするような
そんな感覚なんだ。母にとって。
ちみちみ貯めたお金を「これは誰の名義にしようかな」と通帳を見る。
郵便局や銀行の人が来るから、自慢からめて「孫のため」とか言ったり。
相手の人は「お孫さんは幸せですねえ 娘さん達も」と羨ましがったってさ。

でもさ。
それによって父親の権威が脅かされるのが私は嫌なんだ。
子供達が大学にいけるのは旦那が稼いでいるからで
そりゃバックに全く実家がないとは言わないけれど
でも子供達の幸せを本当に願うならば 父親のおかげとしておくべきで。

素直になれないのはそのせいだけじゃない。
あんたのそのシュミ(貯金)のせいで私がどんだけ惨めな思いしてきたか!
それでいて自分にはしっかりお金かけてるんだもんな。
という不満も爆発しちゃってるんだよ 私。

それと姉貴ね。
母は全部父のせいにしたけど
母のせいもあったんじゃないか。
姉の死因は病気だけれど 自殺の要因もあったと今になって思う。
自殺というより賭けだよね。
自分名義のものがどれだけあるかなんて知らなかった彼女にとって
支えは自分の収入と自分の貯金だけで
せいぜいが数百万円の貯金では頼りにならず
教職の座を手放すわけにはいかなかった。
だから再発の可能性から目を背けて復職したんだ。
その無理のせいで寿命を縮めた。
あの時両親が手札を全部見せて姉貴を安心させていたら。

うん。私の態度もひどいものだったけど。

でも私にとってずっと現実は現実じゃなかったのかも知れない。
姉の死のみならず、それまでの生活全部が。
子供の頃自分が「物語の登場人物」でない事実がどうしても実感できなかった。
この現実が現実世界なんだと自分に言い聞かせていると
気持ちがどっかに飛んでいってしまっていた。
さすが中学の頃にはそういう感覚は消えていたけど
それは認識されなかっただけでずっと私の中にあったのかも知れない。

今でも残ってる。
子育てというどうしようもない現実の中で少しは普通になってるようだけど。

だから姉の存在そのものが、ひとつの駒でしかなかったんだ。
その病気も最後通告も。「台本」みたいに感じられていた。
絶望に直面していた姉の現実は、私の現実にはならなかったんだ。

もしかしてこれも連鎖だろうか?
母にとって私たちは現実でなく
現実視されなかったがゆえに私は自分を実在的に捕えられず。

いかん。テーマが重くなってきた。

お金の話はお金で締めよう。
今月の残金は500円。ま これは土曜日の息子の昼代にしてやるかな。

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