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木の洞にひとりごと うろ覚えのうんちく うろうろと右往左往
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息子の国語の授業用の本を探しに本屋へ。
ハードカバーは高いから文庫で探せと言いながらぐるぐる。
一番安上がりなのは自宅の本棚から選ぶのだが
息子に合いそうなのはない。一応見たけどこっちも勧めようがない。

北村薫の新刊を見つける。新刊たっていつ出たのか分からないくらいだが
とりあえず読んだ事のない話なので購入。
シリーズのやつ。
ちょっと飽きてきているのだが、やっぱ買っちゃうよね。
んで。
「これ一作目だったらこんな書き方したかしら?」が感想。
読者がついている事分かってるから、んでもって支持されている自信があるから
って部分はどの作家にもあるんだろうけどさ。
シリーズの持ち味ってもんがあるじゃない。
それを大事にするのがプロの仕事だと思うのよ。
一行一文字にこっちはお金払ってるんだからさ。
…なんて事を感じてしまうようになったから本も買えない。

もう一冊買ったのは死刑のはなし。
手元にあるのは古いので制度が変わったかしらと買ってみた。
構成は素人っぽいけどいろいろ考えさせられる一冊だった。

存続か廃止か。
冤罪さえなければ存続。
改心して別人のようになった死刑囚を殺すのは人道的ではないかもだし
それに関わる刑務官の心情を考えるといろんな意味で残酷かなとも
思わないでもないけど
ふと「死刑の判決によって死と向き合わなかったら 改心はなかったんじゃないか」
と思いついてしまったのだ。

死を突きつけられ、初めて被害者の恐怖とか無念とかが実感され
謝罪の気持ちが込み上げてくるんじゃないかと。
その悔恨も改心も「死刑判決」がなければなかったのだとしたら
死刑にも意味はある。
それで折角生まれ変わった人間を殺さなきゃいけないのは辛い
という問題は残るけど、それなら被害者はどうなんだ その遺族はどうなんだ。
死刑判決・死刑執行まで遺族の闘いは終らない。

SFで洗脳によって完全に人格を抹消し、書き換え別人にするって「処刑」もあるけど
こうなると「死」の定義が焦点になってくる。
死刑に犯罪抑制力があるかどうか。それによって与えられる「死」の意味。

犯行の時死刑を意識して躊躇する事はあまりないらしいが
死刑によって迎える死が、ただの死ではないことをもっと知らしめるべきだ。
被害者の死は大方一瞬だが
死刑囚のそれはそうじゃない。
死刑の恐怖はむしろ死そのものより、そこに至る過程にあると思う。
だがそれを想像する人間が果たしてどれだけいるか。

抑制力がなくても制度としての死刑は残すべきだと思うけれど
それが正しいと言い切れるわけじゃない。
改善されるべき点はたくさんあるしね。

そうそう。今回一番の衝撃だった「いつ 執行を知らされるか」の問題もね。
以前は前日か前々日で、最後の晩餐も最後の面会も許されていたけど
この本によると「当日の朝。執行一時間前」なんだそうだ。
明日がない恐怖を毎日味わうってどうなんだろう?
でも眠れない夜の恐怖もどうなんだろう?
死刑囚の家族はどうなんだろう?
仮にその日家族で遊びに行って、後から執行を知らされたら
どんな気がするだろう。
まあ それは被害者遺族も同じなのだけど。
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