木の洞にひとりごと
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昨日病院に行き、母親が入浴介護を受けている間に
父親と喫茶店で話した。 縺れた糸をほどく努力もしないで「どうするんだ」と言ってくるから 家庭を顧みなかった過去のしわよせと思って少しは向き合えばと答える。 何もかも「過ぎたこと」で片付けようとする。 30年前も一週間前も。 どんな事も、この一瞬も一瞬後には「過ぎたこと」になる。 それで済ませられるならどんな悪事も簡単。 反省が欲しいだけ。繰り返さないように意識して欲しいだけ。 とにかく母自身が困って「頼んで」くるまで積極的に動きたくはない。 くだらない例のひとつ。 散々洗濯機を全自動に替えようと言っているのに聞いてくれない。 家事をしに実家にいくと洗濯機に洗濯物と水と洗剤が入っている。 ここまでなら簡単である。入れてスイッチを押すだけなんだから。 私はこれを洗って絞って漱いで脱水して乾す。 「洗濯お願いね」と言葉で言われていなくても、そうせざるを得ない。 だがもし今私がそれを母に言うならば「頼んでない。勝手にやった」と答えるだろう。 母が自分で言うほど動けなかったら 寝室から父のベッドを出し、簡易便座と簡易ベッドを入れなきゃとか いずれは廊下の収納を潰し車椅子でトイレに行けるようにしなきゃとか 庭を平らにしてスロープつけてとか ぐるぐる考えてしまうが、それらを決してこちらから提案してはいけない。 そのために押入れの中を整理する事すらしてはいけない。 一階の別の和室を空けるようにする事もしてはいけない。 息子に洗濯のやり方を覚えているか確認しておく(娘じゃないとこがミソだ)。 家電の説明書を一箇所にまとめておく。 そんな程度だ。 PR
親に抗議した事は殆どなかった。
だから今回の件で親は「子供にこんな仕打ちされるなんて」と嘆く。 でもあれくらいの言い合い、私と娘の間に何回もあった。 娘が不満をぶちまけ、こちらは言い訳と謝罪を返す。 敢えて和解めいた事はしないけど、半日もすればいつもどおり。 子供は言いたい事を親に言う。それが正当な言い分かどうかは親が判断する。 最後の入院の時。 姉は年末年始に家に帰りたいと言った。帰宅して家のお風呂に入りたいと。 自分の部屋にコンロを持ち込んで家族団欒の食事をしたいと。 看護婦達は無理だと言う中、若い主治医は懸命に手配してくれた。 姉は家に帰ったが、希望した事は何れも実現しなかった。 些細な事で私が父親を怒らせてしまい、最初の食事は台無しになった。 その夜風呂の用意をしたが、一番に入った父親は故意かうっかりかで栓を抜いてしまった。 それきり母親は風呂を焚こうとしない。 今にして思えば30分もあれば充分沸かし直す事は出来た。 どうして母親はそれをしなかったのだろう。 そしてどうして私はそれを要求するなり自分でやるなりしなかったのだろう。 姉を入浴させる労を厭ったわけでは決してない。にも関わらず。 そして三が日の間も姉は入浴しなかった。 父も母もどこかに出かけてしまって、食事も何を食べたかよく覚えていない。 どうして私はふたりに訴えなかったのだろう。 どうして姉は私や両親に要求しなかったのだろう。 姉は諦めてしまったのだろうか。 そして私もそれが本来の姉にとっての家族だと (姉もまた健康な間 好き勝手に過ごしたいたのだから) 姉の最後の願い、最後の賭けに気づかずにいたのか。 自分が両親に何かを訴えても無駄だと諦めるより深く思い込んでいたのか。 最後の一ヶ月を病室に泊まりこんで過ごし 姉に笑顔を取り戻させてそれで妹としての役は果たしたと思っているけれど 今になってあの四日間が悲しくてならない。 昨日午後病院より電話。退院許可が出たとのこと。 昨日熱を出して午後ずっとうとうとしていた。
今は時間的にではなく精神的に余裕がない。
そのうちに時間的余裕もなくなると予想されるが 焦るばかりでたいしたことはできない。 「親と自分のために今やっておける事をやっておきたい」 「でもそれをやると親との駆け引きで不利になる」 不利とか有利とか考えなきゃいけない自分と状況が情ない。 でももう聞きたくないんだ「頼んでない」。 その気は全くないのにこちらが同居を急いでいるように受け取られたくない。 こちらにメリットなんてないの! お金がなくても生活きつくてもいいの。 同居するとしたら100パーセント親のためなの! こちらはその時点で人生終った気分なの。 (思い込みの性格ですから)(それなりに何とかなると思いますが) その親のため にしても「育ててくれた恩」なんての今はないから。 ただ「親だから」「困っている人がそこにいるから」だけのことで。 親が子供を産むのは自分のため。 親が子供を育てるのは産んだ責任をはたすため。 私は自分自身の育児をそう考えている。 子供は望んでこの家に生まれてきたわけじゃない。 自分が最上の親なんて思えない。他の家に生まれてたらもっと幸せかもと思う。 私は子供が必要だと思って産んだ。 目の前に育つ命があるから世話をした。 ここまで成長させて「自分の作品」的な愛しさもあるけれど それはあくまでも自己満足だと認識している。 「今出来る事」「でもそれをやると自分を追い込むことになる」 ぐるぐるの挙句旦那に話して結論。 「頼まれたことをやる」 隠された要求とか事態の先読みとか、もうどうでもいい。 どうでもいいんだけど、結局どっちに転んでも一番困るのは私なんだよお。 (だからどうせ困るんなら取り越し苦労だけでもやめろというわけなんだが) あ。(もしかしてもしかしたら 気にしている人がいるかも知れないから) 母は転院というより、一度今の病院を退院して通院後完治させてから 次の病院に検査入院・結果次第で手術という運びになりそうです。 |
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