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木の洞にひとりごと うろ覚えのうんちく うろうろと右往左往
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私は美味しい話は好きです。
でも食欲を刺激されるから やっぱ駄目かな。
あれがおいしいあそこがおいしいってのは罪のない話題だよね。

飽食はいけないけど
食べる事を楽しめるなら、それだけで人生明るくなる。
毎日の事だから。
今朝娘と喋っていて、宗教に入る人の気が知れないというから
現世に希望がなくなった人を繋ぎとめる意味でも必要だと言ったけど
娘にはそれが理解できない。
「そりゃね あんたには生きてく目的も手段もあるもの」
「うん!」 嬉しそうに頷く。「おいしいもの食べたいよ!」
……ちゃうやろ。でもいいよ。それでも。

私はずっとひきこもり主婦してる。
ひきこもり過ぎて、自分の知り合い関連の話を何年も経ってから他から聞く。
え そうなの? でもいいや。相談受けてないから何とかなってるんだろう。
にしてもこの人どこからそんな話を仕入れてくるのだろう。

悪い噂はすぐ広がる。いい話ってあんまり聞かないなあ。

ずっと以前。息子が公園で、他の子が振ったバットで怪我をした。
頭だったので公園にいた知り合いが携帯で救急車を呼んでくれた。
病院で検査して異常なし。
帰りのタクシーで息子に「誰が悪いの」と訊いたら自分だと言う。
近づきすぎてしまったんだって。
帰宅して一息ついたところにインターフォンが鳴る。
バットを振った男の子のご両親だ。
中に入ってと言うのに玄関先で治療費がどうのと話し出す。
息子が自分が悪いと言っているんだから要らないと言うのに帰ろうとしない。
うちも保険入ってるし。領収書は一枚だからどちらが請求するかの違い。
金額もしれてる(確か8000円前後)ことだしと
面倒になって領収書を渡した。

何日かたって知人と外出した時、女児の母親であるその人が
男の子の妹が「○○んちに3万円ふんだくられた」と言っている と話した。
真偽を疑うように私を見ている。
腹が立った。その男の子やその妹の家族にではなく、彼女に。
私はその親子をよくは知らない。女の子の事もあまり知らない。
払うのが嫌なら玄関から引き上げてくれたらよかったのに強引に払い、
挙句子供の耳のあるところでその事実をまくしたてる。
そういう人たちであったとしても、私には関係ない。
だが目の前の知人は私を知っている筈だ。
私が金額を言うと「そうなの? そのことちゃんと言った方がいいわよ」と忠告する。
「それを鵜呑みにして私を判断するなら その人はそれだけの人だ」

だがこんな正論を吐けたのも
子供が幼稚園を卒業していたからだ。
親同士のつきあいが必須でなくなっていたから。
主婦の価値観と、学生時代の価値観の相違を嫌と言うほど知っていたから。
これがその何年か前だったら落ち込んでいたかも知れない。

放っておこうと思った後に、でも息子の耳にこの噂が入ったらと
息子を呼んで話をした。××ちゃんがこんな事を言っているらしいけど。
「え でも お母さん 要らないって最初断ったじゃん」
玄関での会話を聞いていたらしい。相手が無理矢理に置いていった事も知っている。
「なら いいの? あんたが平気なら いいんだけど」
息子は何のことやらという顔で去っていった。くだらない。そうくだらない話。

だが知人の目の輝きを思い出すと、
他の知人らの「そんなこと 私に話す必要あるの?」と遮らねばならないような
さまざまな話題を思い出すと、
そういった噂話は、恐らく私がチョコパフェを前にした時のような
甘くちょっと苦く、幾許かの罪悪感を秘めた歓びを人にもたらすんだろうなと。

知らないところで噂が一人歩きしてる。
知らない人が知らないところで話している分には許せる。
でもそれを訂正する事無く知人が聞いているのは許せない。
だからいつまでたっても彼女らは「知人」で「友人」にはなれない。
ママ友という名称であっても、その友の字に友の意味はない。


息子が年長になって、私は毎日唱えていた。
あと一年 あと半年 あと三ヶ月。息子が卒園したら全部と縁が切れる。
切ってもいい。子供はもう自分の足で世界を広げる。

息子は穏やかな性格であったが、
それがために大人が利用したくなる子供だった。
彼を我慢させておけばいい。それは私もやってしまった(なんせ娘がアレだから)。
他人までがそうした。
「友達と遊ぶ時は うちの子もちゃんと仲間に入れるように言って」
要請され、真に受けて私は息子にそう諭した。だが息子だって所詮子供だ。
彼が思い通りにならない事に腹を立て、当時私に一番近かった知人に
その子の親が相談に行く。相談という名目で悪口を吹き込みにいく。

ずっと息子に我慢させてきた私への罰なんだろう。
自分を抑えるだけならまだしも、子供にまでそれを強要してしまった私への。
どんな事にも人は慣れてしまうのだ。
私はいろんな事に頑張ってきたつもりだけど
要求は増すばかり。
こちらの許容が限界になると相手の依存は満たされず怒りへと向かう。
そんな事にも気づかなかった私が馬鹿だった。

自分の子供と向き合うのが嫌で他の子供を預かってた。
そこで世界が広がって、自分が「おつきあい」というものが出来ると嬉しかった。
だがそんな時期を過ぎて、それでも「いい人」で居続けようとしたのは
人の口を気にしての事だったのだろうか。

子供のためという大義名分がなくなったら もう必要はない。
ひきこもり。

噂も届かない。

とても平和な日々である。

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