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木の洞にひとりごと うろ覚えのうんちく うろうろと右往左往
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虐待を受けた子供。
閉ざしていた心を開き始めた時、
すごく粘着質だったりわがままだったり暴力的だったりする、と言う。

心の不安定さゆえと、相手を試す意味と、いろいろ。
対象が「かわいそうな子供」でいる間は同情的であった医療関係者も
(医療従事者とはいえ内科や外科であれば心理領域の知識も浅いので)
こういう態度に不快感をもつ。

鬱病の友人がいた。長い間鬱に苦しんでいるネット上の知人がいる。
どん底にいる時には声をかけやすい。
だが立ち直りの途中は難しい。
本当に、とても難しい。
これは素人が関わるべき問題じゃないとも思う。
不注意なひとことで相手を再びどん底に突き落としかねない。
そしてその不注意なひとことはいとも簡単に出てしまうのだ。


被災者がわがままを言えるようになったのなら
それは立ち直りの第一歩かも知れない。
ふとそう思った。
非日常から日常への帰還かも知れない。
同情を受ける受動態から要求をつきつける能動態への転換かも知れない。
あるいは。
激励する非被災者への試みかも、知れない。

人の心に寄り添うのは難しい。
同情と共感の違いをはっきりと認識しておかないといけない。
自分の欲求(同情の押し売り)と相手の要求を一致させようとしてはいけない。
自分の望みどおりの存在でいる事を相手に求めてはいけない。
相手のあるがまま受け容れるだけの覚悟は必要だろう
そうする事が正しい事であろうとなかろうと。
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