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木の洞にひとりごと うろ覚えのうんちく うろうろと右往左往
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引出しを整理していたらヘルパー講習の時のレポートが出てきた。
(数年前 介護保険の仕組みがさっぱり分からず
勉強がてら介護技術や資格も身につけようと講習を受けた)
(途中で幾つかレポートを出さなければならず実習もあった)
読んで呆然。読まなかった事にして別の場所に片付ける。

理念だから言える事だよな。
仕事だから我慢できる事なんだってば。
介護を身内で背負い込むのではなく 施設や専門家に頼って
というのはやっぱり真理だよ。

テキスト読んで ご立派なレポート書いても
昔を知らない義父母ならまだしも過去の確執のある実父母には応用できない。
そんなに人間できてない。
実の親を親としてでなく可哀相な老人と見ることができれば可能かも。

この怒りの山を越えたらそこにはそういう段階が待っているような気もするが
果たしてそれが幸せなのかしら?
偽りでも騙し通せればそれでオッケイ?
まあ 姉貴の時がそうだったしな。
姉じゃなくて「死にかけている可哀相な人」だった。
姉を思って というより 周囲が望んでいる「姉思いの妹」を演じるために
明るく看護していた。それがみなのため自分のためだと分かっていたし
患者を哀れに思う気持ちは本物だった。

それでも割り切れない思いはあった。
自分はそう思っていても相手はそうは思わない。
「仲のいい姉妹」を演じながらも 周囲にそう見られるのは嫌だった。
矛盾してるけど そうなんだ。

今ここで「可哀相に」とせっせと介護したら
周囲は「普通の親子」としか見ないだろう。
親当人も「子供だから当然のこと」としか思わないだろう。

その事実をまで受け容れられるほど寛容じゃない。

結局は「早く大人になれ」って事かしら?
そう。私は現在「遅れてきた反抗期」の最中なのである。
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