大学でイギリス文化とかイギリス史とかやってる娘。
マザーグースが課題だったようで、外食先で得意げに
「ロンドン橋っていうけど ロンドンブリッジって言うと違う橋になっちゃうんだよ。
タワーオブロンドンって言わないと駄目なんだよ」と言う。
待て。「タワーオブロンドンは橋ちゃう。ロンドン塔の事だ」
「ロンドン塔って何?」
……イギリス史やっててロンドン塔を知らない?
「こう 塔があって四角く建物があって 牢獄兼処刑場だった場所。
あんたが言っているのは タワーブリッジじゃないの?」
「あ そうかも」
ったく。この記憶力と伝達力の低さ、なんとかならんかね。
「んでさ ロンドン橋落ちた の歌って どうなって終るの」と訊くので
「番人を立てて パイプを吸わせる。
だけど この番人というのは人柱だという説がある」と教えたら
「ああ! 人柱の話は先生してくれた」
「だったら番人のところも触れただろうに」
「いやあ……?」
「その前にやった オレンジとレモン の詩の最後は知ってる?
セントクレメントの鐘がどうとかいうやつ」
「最後まで読んだけど ふつーに終ってた気がする。覚えがない」
「強烈だから一度読んだら忘れるはずがない」
一体何をやってるんだ!
「ろうそくがベッドを照らし 手斧が首を切りに来る」
フレドリック・ブラウンが題材にした。
この訳はそのタイトルである。
マザーグースの詩集での訳はまた違う。
だが首をちょんぎるぞ!という事に変わりはない。
自分の部屋でノートを探していた娘がそれを手に
「だって先生 ものすごく楽しそうにリズミカルにこれ読み上げたもん。
そんな内容だなんて思いもしないわさ」と出てきた。
自分で読み上げたが、確かにぴんぴんと韻を踏んでて楽しげである。
しかし、である。
仮にも英語を学ぶ者が、そこに英語の文章があるのに
どんな意味なのかしらと訳そうとしない事があるだろうか(反語だぞ おい)。
実際そのプリントのちょっぴんのところに線が引いてあって
「ぶったぎる道具」と書き込んである。
「……これが斧の事だよ」と言ったら「そうかあ?」と疑わしげ。
「イギリスで首を切ると言ったら斧だろうが!」
……そうか こいつはロンドン塔も知らなかったんだ。
ロンドン塔という小説がある。実在の悲劇の女王ジェーン・グレイの話。
これを読んだ歴史好きの友人は
「悲劇だの薄幸だの 自分で行動しなかっただけのことじゃない」と
無残に一刀両断した。かよわき美少女に同情していた私はショックだった。
周囲に翻弄され、最後には処刑されてしまうという運命。
画がある。
目隠しされたジェーン・グレイが手探りで処刑台(丸木を切ったような台)を探す。
立会人(?)がその手を引いて台の場所を教えている。
その横に斧を手に立っている処刑人。
腰に下げられている短刀は切り損ねた皮や肉を削ぐためのものと注釈がある。
ギロチンが残酷と言うが、あれは落ちる歯の重さと勢いで首を飛ばすから
失敗がない。だが斧とか日本刀での斬首の場合、一度で済まない時もある。
日本にそれを題材にした小説もあるし
イギリスではアン・ブーリンが処刑人にこう言っている。
「私の首はこんなに細いのだし 何よりもあなたには経験というものがある」
(だから失敗しないでね)
処刑の話が出たついでに。
イエスの磔刑の話は有名だが、死因が何かご存知だろうか。
あれは窒息なんである。
わき腹に傷があるので失血とかだと思われがちだが
あの傷は絶命したかどうか確かめるために刺したものである。
ナチスが実験した。
人間を両腕だけ固定して吊り下げると、呼吸が入らなくなる。
磔刑では手首を紐で縛りつけたり、イエスの場合は掌を釘で打ちつけ
足首もまた同様に固定し、更には腰より僅かにしたの場所に少しだけ出っ張りをつけておく。
息が苦しくなって身体をずりあげるのだが、そのうちに力尽き身体が沈む。
するとこの出っ張りによって僅かに身体が支えられ意識が戻る。
何回かこれを繰り返し、ついには絶命する。
だから結構時間がかかる。
話が逸れたが。
娘のノートをぱらぱらしていたら
ネルソン帝督とある。
ああ。ネルソンの名前出てきたね。これで覚えたねと安堵し、
だが! 「お前 字が違うだろー!」
大英帝国だから帝督とでも思ったのか
だがそれじゃ銀英伝のヤン提督はどうなるね! 同盟軍だぞ!
「マザーグースが終ったら 詩をやるの」
「ソネット?」
「ソネットって何?」
……いくら英語学科と英文科は違うといっても……
最後に息子ネタ。
テレビでまるも体操を見ていてぼそり。
「あんなにちっこいのに 全部覚えてるんだ。すごいなあ。俺最後まで踊る自信ないよ?」
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