先日美容院に行った。
前回から二ヶ月経っていない。これは記録だが
暑くて我慢できなかったのである。
「涼しく!」と言って切ってもらった。
シャンプーは週に二日通っている女の人。
40を前にして鬱っぽくなってしまって という話。
そういえば義妹たちもそんな頃に病院に行ったりしてたと言う。
私はその頃はまだ遊戯王だった。
「そのかわり今きちゃってる」と言ったら「ええ?」と驚かれた。
後ろ向き思考とは無縁に見えるらしい。
いやいや。私は楽観主義でも前向きでもありません。
プラスを考えようプラスを数えようと念じて
「分かっとるわいっ 私より大変な人なんかいくらでもいるわ!
んでも私にはこれが重いの!」とキレる。
他人の苦労や不幸と比較しても意味がないと書いてありました。
そのとおりだと思います。
他人の不幸なんて想像は出来てもやはり現実ではないんです。
でもここにある些細な心配事は紛れもなく私の現実なんです。
痛みだって悩みだって全部現実なんです。
新聞の中の不運よりもどうしたって現実なんです。
暑いとぼやきながら
原発で作業する人を思います。避難所生活を思います。
それで力が湧くかというと逆です。
自分がその状況におかれたらと考えるだけでヘタります。
原発で防護服を着ている人にごめんなさいと言います。
それでも私は暑いと言ってしまう。
なんて書いていると暑いのが悩みのように思われてしまう。
ちゃうって。さすがに。
「たとえばどんな時に憂鬱になるんですか」と美容室の人が訊いた。
「先のこと考えたら 楽しい気分にはなれない年代じゃないの。
親の事とか自分の身体の事とか」
根底にあるのは母親だ。一体この先どうすればいいのか。
(何かを提案すれば責任はこちらにくる。
だがテキは自分からどうして欲しいとは口が裂けても言わない。
窮地に陥ってじたばたするのは結局私だから
当人は他人事みたいに構えている。だが先手を打てば地雷だ。という二律背反)
というのもあるし
あの姿を見ていると自分の老後にまで希望が持てなくなる。
反面教師にすればいいんだろうが
努力で何とかなる事とならない事がある。
死の前日まで自分の足で歩いていて、布団の中で冷たくなってたらいいんだが
それって結構難しいんじゃないか。
これからまだやらなきゃいけない事たくさんあるのに老後の心配してる場合か
って自分を奮い立たせるのも面倒というか
それを考えると余計に憂鬱になる。
明日のコメに困ってたら先のことで悩んだりしない。
分かってるってば!
あー でも書いたらちょこっとすっきりしたかな。
PR