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木の洞にひとりごと うろ覚えのうんちく うろうろと右往左往
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新聞の端っこに、地味に毎日掲載される「死者」と「不明者」の数。
「不明者」の数が少しずつ減っていく。
捜索と、身元照合が毎日進められているのだろう。

「親族の遺体ってそんなに見つけたいものかなあ」と呟いたら
旦那が「そりゃそうだろ」と、私が変な事を言ったような目で見た。
「うーん 小さな子供だったら見つけてやりたいと私も思うけど
……でも私のは見つけてくれんでいいよ」

簡単に見つかるのなら、そりゃそれでいいけど(身元不明だと処理に困るだろう)
安置所を捜し歩くのは精神的にきついと思う。

こんな事を書くと、人格疑われそうだけど
あくまで私は私の遺体を尊重して欲しいとは思わないから
……生きている人が悪臭や不衛生に苦しんでいるのなら
瓦礫ごと焼いてしまえばいいのにと考えてしまう。
そこに誰かの遺体があるかも知れないという理由で
腐った魚も地道に片付けるしかないのだとしたら
そのせいで生きている人間が病気になってしまうくらいなら
ひといきに燃やした方がいいんじゃないか。

人間死んだらそこで終わり。
物質的にはそうだと思う。後は人の記憶の中で生き続ける。
或いは「生きた」という事実だけが残る。
遺体があろうとなかろうと、どこにどう葬られようと。

でも戦時中の遺骨を日本に還そうと、今でも頑張ってる人がいる
なんて事があるのだから
遺体や遺骨にも意味はある
意味を持たせている人が多い
という事なんだろうな。

私は遺族に辛い思いをさせるくらいなら
見つけて貰わなくてもいいよなと思う。
ましてそれが、損傷された遺体なら、いっそ誰にも見られたくない。
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難しいですね
遺体を見るまでは死が納得できず、前に進めないと言う方が多いようですね。
突然すぎるから、そうかもしれません。
今目の前にいる子供が学校の帰りに消えて、そのまま帰ってこなかったら、私もやっぱり死んだとは思えないでしょう。
遺体を瓦礫ごと焼いてしまうことは、生きなければならない人たちの肉体の衛生上の必要である一方、精神衛生上においては答えが出ないでしょう。
難しいですね。
ちやこ URL 2011.07.06[Wed]23:27:39 編集
そうなんですよね……
>前に進めないと言う方が多いようですね。
ここまで書くと死者への冒瀆になりそうですが
どのくらいの火力で骨は消滅してしまうのでしょうね。
それともやはり野火では駄目なんでしょうか。
そういうのが私には分かりません。

生活に区切りをつけたい人も
出来るだけ今を快適に生きたい人も
早く復興の手ごたえを感じた人も それぞれで
でもやっぱり死者に関する事が優先 なのかなあ……
素朴に疑問です。
[2011.07.07 12:15]
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