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木の洞にひとりごと うろ覚えのうんちく うろうろと右往左往
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それで大学に入って、楽しく勉学に励んでます
という話を私は今のところ聞いた事がない。
一般的にどうなんだろう。

受験勉強なんて と以前思っていた。
詰め込みの受験勉強に意味なんかない。
だが目標に向けての努力、人生試練として捉えたならば
決して無意味ではないのだろう。
当然の事ながら、学力の底上げにもなる。

私は高校も短大も推薦というか持ち上がりだった。
必死で勉強した事がない。
学校側の配慮で、三年に進級する前に進路希望を決定し、
それによって選択科目を決めた。
国文科志望だった私は古文をふたつ、文章なんたらをひとつ、
記述式テストの日本史ひとつ、英語のミドルをひとつ。
だから受験戦争をかいくぐってきた公立組との間に
少なくとも国文学に関しての学力差はなかった。
だから講義についていけないとか、そういうのはない。

しかし現在、AOや指定校、公募推薦での合格者への指導は全くない。
早ければ夏に大学が決まり、そこからの半年遊んでしまう学生もいる。
高校受験で痛感したが、この半年でどれだけ伸びたか知れないのに。
この間懸命に勉強した学生との間に差が出来てしまうのは当然の事ではないか。
貴重な10代の半年を無駄にしてしまうようなもの。
折角受験勉強の枠が取り払われたのなら、自主的な勉強をすべきだと思う。
高校側も月に一度10分でいいから面談して指導してくれたらいい。

それに苦労して手に入れたものこそ有り難味がある。
簡単に入った大学では躓いた時に通い続けるモチベーションが得られない。
大学に入る前に自由と遊びを満喫してしまっているから
あの解放感という喜びも味わえない。

公募で大学が決まったら、それを滑り止めに、一ランク上を狙うとか
併願不可の場合は英語関係なら英検やTOEICといったように資格試験を受けさせるとか。
別の目標を定めてやらないと、子供は基本遊びたいだけだもの。

息子は娘ほど熱心じゃない。根性もない。
だが、経済に志望を決めてから、
同じ「クロサギ」を読むにしても、分からない単語を訊くようになった。
(以前から読んでいたのだが、分からないところは飛ばしていたっぽい)
(今ごろになって「空売りって何?」はないだろ……)
テスト勉強も自分なりの目標とノルマをもってやっていた。

やっぱすべき時に勉強はしないかんと思う。
身についていく学力や知識を愉しむ事も覚えておかないと。


英語では、たとえば「あなたは中国人ではありませんね」と訊かれたら
Noと答えないといけない。「そうです 私は中国人ではありません」の
「そうです」は相手の「ではない」という問い掛けに従ってNoとなるのだ。
勿論英語学科の娘はそんな事は知っている。
「じゃあ 『赤色は売り切れてしまって ありません』と店員が言った時
うっかり頷いてちゃ駄目って事 知ってた?」
ありません という事実を認めた場合、首を振るのも否定で応じないといかんらしい。
なんともややこしい。
ここで頷くと「あるでしょう?」という抗議にとられてしまうとか。


ドイツ語やフランス語で「あなた」は「君」の複数形である。
英語も本当はそうなんだが、「君」を意味する単語は使われなくなった。
日本語の「あなた」は漢字にすれば、もともとは「彼方」である。
私はこれを西洋の「垂直思考」 日本の「水平思考」と呼んでいる。

……余談だが、山のあなた というカールブッセの詩。
あれを「貴方」と思い違いしている人はいないだろうか。
あれは「彼方」である。よってアクセントは「あ」にくる。


フィロソフィーは智を愛すること。
知識を弄ぶ事が人生哲学の始まりかも知れない。
その知識を蓄積する機会と考えれば、受験勉強も無駄じゃない。

……と言いたいが。

今の娘を見ているとなあ……
あんだけ勉強したのになんでお莫迦(こっちの字はどうでしょう)なんだろう。

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